原始反射は発達を妨げるものなのか?
近年、小児療育の分野では、原始反射の残存が発達上の問題として取り上げられることがある。原始反射が十分に抑制されていないことが、姿勢制御や運動の協調、さらには学習面の困難につながるという説明も見受けられる。
しかし、原始反射は本当に「消失すべき運動」なのだろうか。
私は、原始反射を単に未熟な神経機能の表れとして捉えるのではなく、その後の運動学習に利用され得る初期の運動レパートリーとして考えることも重要ではないかと思っている。
例えば、哺乳に関わる吸啜反射を考えてみたい。

乳児の吸啜では、舌の波状運動(蠕動運動;図1では4コマ写真で)や下顎の上下運動が協調し、乳汁の取り込みや口腔内での食塊緑の物体の移送が行われる(図1参照)。
一方、成長に伴って獲得される咀嚼や嚥下では、舌が食塊を形成・移送し、下顎が食物を粉砕するための運動を行う。
吸啜時の舌運動と、固形物を処理する際の舌運動は同一ではない。また、吸啜に伴う下顎の上下運動が、そのまま成熟した咀嚼運動になるわけでもない。
しかし、これらの運動には共通する筋群や神経機構が関与しており、発達とともに舌・口唇・下顎の運動が分化し、より複雑な協調関係へと再組織化されていく。
つまり、初期の運動が単純に消失するのではなく、その運動を構成する要素が、新たな目的に応じて利用されるようになると考えることができる。
では、原始歩行についてはどうだろうか。
原始歩行はなぜ消えるのか?
新生児を両脇から支え、足底を床面に接触させて身体を前方に移動させると、左右の足を交互に動かすステッピング反応が見られることがある。これは一般に「原始歩行」あるいは「自動歩行」と呼ばれる。
この反応は生後数か月で減少することが知られている。
従来、原始反射は脳幹や脊髄などの神経機構によって生じ、大脳皮質の成熟に伴って抑制されると説明されてきた。
しかし、原始歩行が見られなくなるのは、本当に神経系による抑制だけが原因なのだろうか。
この疑問に対して、身体の成長という視点から検討したのが、Thelenら(1984)の研究である。
身体の重さを変えると原始歩行も変わる
Thelen, Fisher, Ridley-Johnson(1984)は、乳児の身体的成長とステッピング反応の関係を調べるため、3つの研究を行った(図2参照)。

第1の研究:体重の増加とステッピング
生後2週、4週、6週の乳児40名を対象に、身体の成長とステッピングの関係を調べた。
その結果、各月齢でステッピングの回数を最もよく予測したのは覚醒水準であった。一方、生後4週では、体重や体脂肪が急速に増加した乳児ほど、ステッピングが少ない傾向が認められた。
第2の研究:下肢に重りをつける
乳児の下肢に小さな重りを装着し、下肢の重量負荷を増やした。
すると、ステッピングの回数が減少し、下肢の屈曲運動も小さくなった。
第3の研究:水の浮力を利用する
今度は乳児の下肢を水中に入れ、浮力によって下肢に作用する重力の影響を軽減した。
その結果、ステッピングの回数が増加し、関節の屈曲運動も大きくなった。
この実験結果は重要である。
神経系の成熟状態が短時間で大きく変化したわけではないにもかかわらず、下肢に作用する力学的条件を変えるだけで、ステッピング反応が変化したのである。
原始反射の消失は、神経機能の消失を意味するのか?
Thelenらは、乳児期の急速な身体成長によって下肢の重量が増加する一方、筋力の発達がそれに十分追いつかない可能性を指摘した。
つまり、原始歩行が見られなくなる背景には、神経系による反射の抑制だけではなく、身体の重量、筋力、重力などの力学的条件が関係していると考えられる。
この研究は、神経系の成熟が運動発達に関与しないと主張したものではない。
重要なのは、運動の出現や消失を神経系の成熟だけで説明することはできないという点である。
また、筋力と身体重量の発達速度の違いは研究者らが提案した説明であり、この実験だけで神経学的要因を完全に否定できるわけではない。
ベルンシュタインの運動制御理論との関係
ベルンシュタインは、運動を個々の筋肉への指令の集まりとしてではなく、身体の多くの自由度が目的に応じて協調する過程として捉えた。
人間の運動は、筋活動だけで成立しているのではない。
身体の質量、重力、慣性、支持面との関係など、多様な力学的条件の影響を受けている。
原始歩行の研究は、この考え方とよく一致している。
同じ神経系であっても、下肢に作用する重力負荷が変化すれば、表出する運動は変わる。
このことは、運動が神経系だけで決定されるのではなく、神経系・身体・環境の相互作用によって成立することを示している。
さらに、原始歩行のような初期の運動パターンも、身体の成長や環境の変化の中で、新しい運動の協調関係へと再組織化されていく可能性がある。
アフォーダンス理論から考える原始反射
ギブソンのアフォーダンス理論では、環境が提供する行為の可能性は、身体と環境の関係によって成立すると考える。
例えば、乳児の足底が床に接触すると、足底からの触覚情報や下肢の固有感覚情報が生じる。
このとき、身体をどの程度支持するか、足底がどのような面に接触するかによって、表出する運動は変化する。
Thelenらの研究は、こうした身体と環境の条件が、原始歩行の出現に影響することを示している。
私は、ここに原始反射を運動学習の視点から捉え直す手がかりがあると考えている。
原始反射を含む初期の運動は、身体と環境との相互作用を生み出し、その過程で触覚や固有感覚などの情報が得られる。
こうした感覚運動経験は、その後の運動の探索や協調関係の発達に利用される可能性がある。
ただし、これは原始反射を繰り返し誘発すれば運動学習が促進されるという意味ではない。そのような介入効果については、別途検証が必要である。
小児療育では何を評価すべきなのか?
この研究から、療育における原始反射の捉え方についても考えることができる。「
原始反射が残存していることを、そのまま中枢神経系の未成熟や発達上の問題と結びつけることには慎重である必要がある。
もちろん、原始反射の評価は神経学的診察において重要であり、異常な反応や左右差が臨床的な手がかりとなる場合もある。
しかし、療育では反射の有無だけでなく、実際の行為がどのような条件で成立しているかを評価することが重要ではないだろうか。
例えば、手を伸ばすことが難しい子どもに対して、肩や腕の運動だけを評価するのではなく、足で身体を支持できているか、体幹の姿勢を調整できているか、対象物の位置によって運動が変化するかを観察する。
支持面や対象物の位置を変えるだけで、それまで難しかったリーチ動作が可能になることもある。
これは、子どもが持っている運動能力を、環境との関係の中で捉え直すことにつながる。
運動発達を「反射の消失」だけで捉えない
Thelenらの研究が示した重要な点は、原始歩行という一見単純な反応でさえ、神経系だけでなく身体の成長や環境条件によって変化するということである。
運動発達を、原始反射が抑制され、随意運動に置き換わっていくという単純な過程として捉えるのではなく、初期の運動レパートリーを含むさまざまな運動が、身体と環境との相互作用の中で再組織化されていく過程として考える必要がある。
療育において大切なのは、原始反射の有無だけではなく、「今ある身体で、どのような環境なら、何を実現できるのか」を見つけることではないだろうか。
「原始反射は、単に抑制されるべき未熟な運動ではなく、その運動を構成する要素が身体と環境の相互作用を通して再組織化され、後の目的志向的な運動に利用される可能性がある。」
参考文献
Thelen, E., Fisher, D. M., & Ridley-Johnson, R. (1984). The relationship between physical growth and a newborn reflex. Infant Behavior and Development, 7(4), 479–493.
Le Révérend, B. J. D., Edelson, L. R., & Loret, C. (2014). Anatomical, functional, physiological and behavioural aspects of the development of mastication in early childhood. British Journal of Nutrition, 111(3), 403–414.
