先日オンラインで(STudyLobo)で話したときにブログ読んでくれている方から楽しみにと言っていただいて「ありがとう!」最近気になっていて理解が難しい内容に挑戦する気が起きたのでそれををアップします。小脳は、運動のタイミングや順序を調整し、繰り返される運動を滑らかにする働きを持っています。そして近年では、発話運動だけでなく、音韻処理や語流暢性、内言などにも関与することがわかってきました。

この点を考えるうえで興味深いのが、The Linguistic Cerebellum の Chapter 4「Cerebellum and Verbal Fluency (Phonological and Semantic)」https://www.sciencedirect.com/science/chapter/edited-volume/abs/pii/B9780128016084000049?utm_source=chatgpt.comです。小脳が単に言葉を発音する運動だけではなく、「音を手がかりに語を探す」音韻性語流暢性(図1参照)という処理にも関わって可能性が示されている点です。

では、似た音をもつ語をまとめて探すクラスタリングや、ある音のまとまりから別のまとまりへ移るスイッチングが必要になります。こうした処理は、小脳が得意とする「系列の処理」や「次に起こることの予測」と深く関係していると考えられています。この考えをさらに広げる興味深いレビューがあります。Lupoらは2021年に、小脳障害でみられる話しことばの障害について、言語性ワーキングメモリ、文法処理、語流暢性という一見異なる機能を取り上げ、それらを「系列処理」(図2)という共通の視点から説明しています。

小脳は、ことばそのものを保存しているというより、複数の言語処理を正しい順序とタイミングで動かし、そ

れらを同期・協調させる働きを担っているのではないか、という考えです。

発話もまた系列です。舌や唇、顎を適切な順番で動かし、その結果生じる音を予測しながら微調整(図3)

していきます。そして音韻性語流暢性でも、「ある音から始まる言葉」を次々に探し、別の音韻的まとまりへ探索を切り替えるという系列的な処理(図2)が必要になります。

そう考えると、小脳による「運動系列の学習」と「音韻系列の探索」は、まったく別の働きではないのかもしれません。

構音運動を繰り返す中で、音と運動の対応関係が学習され、その内部モデルがやがて実際に口を動かさない内言や音韻探索にも利用される。これはまだ仮説ですが、小脳の系列処理という視点から考えると、発話運動と音韻発達を一本の線で結べる可能性があります。この章では、小脳損傷例における語流暢性について、意味カテゴリーから言葉〜例:「動物の名前をたくさん言ってください〜といった意味のある範疇のある語を探す「意味性語流暢性」だけでなく、特定の音から始まる言葉を探す〜例:「『か』で始まる言葉を、1分間でできるだけたくさん言ってください」〜のようなある語を探す「音韻性語流暢性」(図4)に注目しています。

図4音韻製・意味性流暢について

特に重要なのは、小脳が単に言葉を発音する運動だけではなく、「音を手がかりに語を探す」という処理にも関わっている可能性が示されている点です。音韻性語流暢性では、似た音をもつ語をまとめて探すクラスタリングや、ある音のまとまりから別のまとまりへ移るスイッチングが必要になります。こうした処理は、小脳が得意とする「系列の処理」や「次に起こることの予測」と深く関係していると考えられています。

ここで重要なのは、小脳が単に「口をうまく動かすための器官」ではないという点です。発話では、唇や舌、顎を適切な順序とタイミングで動かし、その結果として生じる音を予測しながら微調整する必要があります。小脳は、この「運動の系列」と「そこから生じる音」との対応関係を学習し、内部モデルとして蓄えている可能性があります。

もしそうであれば、音韻とは耳で聞いた音の記憶だけではなく、「その音をどのように作るか」という構音運動の情報とも結びついていることになります。実際、口唇や舌に対応する運動野へTMS刺激を行うと、対応する音韻の弁別成績が変化することが報告https://kotoba-karada.net/%e7%99%ba%e9%9f%b3%e3%81%af%e8%80%b3%e3%81%a7%e8%81%9e%e3%81%8f%e3%81%a0%e3%81%91%e3%81%a7%e3%81%aa%e3%81%8f%e5%8f%a3%e3%81%a7%e3%82%82%e8%81%9e%e3%81%84%e3%81%a6%e3%82%8b%ef%bc%81/されています。

つまり、私たちは音を耳だけで聞いているのではなく、その音を作るための身体の情報も使いながら聞き分けているのかもしれません。そこに、小脳が関与する大きな意味があります。

ちょっと臨床的に面白いなと感じたのが/sa/ka/na/を/ka/sa/na/と言っている子供にはケン → ケン → パー

という身体運動も、

「今はこれ、次はこれ、その次はこれ」

という系列を予測しながら実行する運動です。

さらに、

「グリコ」
「チョコレート」
「パイナップル」

と言いながら、じゃんけんで勝った人がその音の数だけ進む、あの遊びです。

これもよく考えると、

音韻系列
 ↓
音節・拍への分節
 ↓
身体運動との対応
 ↓

リズム・タイミング調整

という、とても面白い課題になっています。

もちろん、ケンケンパーやグリコ遊びをすれば「サカナ→カサナ」という音韻の誤りが直接改善する、という話ではありません。

むしろ、

系列化・音韻意識・リズム・運動同期を、身体を使いながら経験する遊び

と考えた方がよいでしょう。

では、音韻そのものを扱うなら?

音韻をより直接的に扱うなら、「しりとり」も面白いですね。 

しりとりでは、

「りんご」
 ↓
最後の「ご」を取り出す
 ↓
「ご」を保持する
 ↓
「ご」から始まることばを探す
 ↓
「ごりら」

という処理を行っています。

つまり、

音韻意識
+
音韻性ワーキングメモリ
+
語検索
+
系列処理

を同時に使う遊びなのです。

【図4】

早口ことばも同じように面白い課題です。

似た音を正しい順序で保持しながら、次々と構音運動に変換する必要があるからです。

こうして考えると、

ケンケンパー
 ↓
身体の系列

グリコ遊び
 ↓
音と身体の系列

しりとり・早口ことば
 ↓
音韻の系列

と、身体からことばへ少しずつつながって見えてきます。

小脳が、単に「身体のバランスをとる場所」ではなく、「順序を整え、次を予測し、複数の働きを滑らかにつないでいく場所」だと考えると、ことばと身体の関係がまた少し違って見えてきます。

まだ仮説的な部分も多いテーマですが、

ことばは、脳の中だけで育つのではなく、身体を動かす経験の中でも育っているのかもしれない。

そんな視点から、これからも「ことばとからだ」を考えていきたいと思います。