子どもの運動発達を、私たちは「できなかった動きができるようになること」として捉えがちである。しかし、運動の発達とは、新しい随意運動を獲得することだけなのだろうか。

ロシアの運動生理学者ニコライ・ベルンシュタイン(1896〜1966)は、人間の運動には多数の筋や関節が関与することに着目し、それらの自由度をどのように協調させて目的を達成するのかという「自由度問題」を研究した。

この考え方は、身体機能の獲得だけでなく、私たちが環境の中でどのように行為を成立させるのかを考えるうえでも重要な視点を与えてくれる。

「反復なき反復」とは何か

ベルンシュタインの重要な考え方に「反復なき反復(Repetition without repetition)」がある。

これは、同じ筋活動や関節運動を正確に繰り返すことではなく、同じ運動課題を、変化する条件の中で繰り返し解決することの重要性を示した考え方である。

例えば、コップを取るという目的は同じでも、コップの位置や身体の姿勢が変われば、手の伸ばし方や関節の動きも変化する。

運動学習では、このような条件の変化に対応しながら、目的を安定して達成できるようになることが重要となる。

つまり、運動の巧みさとは、一つの正しい運動パターンを再現する能力だけではない。状況に応じて身体の使い方を変えながら、目的を達成できる能力でもある。

麻痺のある手でペグをつまむという行為

この考え方は、現在、私が経験している脳卒中後の片麻痺の上肢に対するリハビリテーションにも通じる。

例えば、麻痺のある手で小さなペグをつまもうとすると、指先を動かそうとする努力に伴って、肩や肘にも過剰な力が入ることがある。

この現象には、筋活動の選択性の低下や病的な共同運動などが関係している可能性がある。複数の筋や関節を、目的に応じて柔軟に協調させることが難しくなっている状態とも解釈できる。

しかし、ここで考えたいのは、手指の分離運動が十分に回復するまで、ペグをつまむという行為が成立しないわけではないということである。

指先だけではペグをつまめなくても、机の面に押し当てたり、台の角を利用して向きを変えたりすることで、ペグを保持できる場合がある。

このとき、手指の随意運動が完全に回復したわけではない。それでも、現在利用できる身体機能と環境を組み合わせることによって、目的を達成する方法が生まれている。

ここにも「反復なき反復」の考え方を応用できる。

繰り返すのは、指先の同じ動きではなく、「ペグをつまんで保持する」という課題の解決である。

試行錯誤の中で、机の面を利用する、ペグの向きを変える、身体や上肢の支持位置を調整するなど、異なる方法を経験していく。

さらに、ペグの大きさや位置が変わっても、その条件に応じて方法を調整できるようになれば、運動の適応性が高まったと考えられる。

ここで、麻痺に伴う病的な共同運動と、目的達成に役立つ機能的な運動協調は区別する必要がある。

病的な共同運動は、筋活動の選択性が低下し、複数の筋が意図せず一定の組み合わせで活動しやすくなる現象である。一方、機能的な運動協調とは、目的や環境に応じて複数の身体部位を組み合わせ、行為を成立させることである。

両者は同じものではない。

しかし、病的な共同運動などの制約が残っていても、麻痺側を実際の行為に参加させ、環境との関係を調整する経験には意味がある。

もちろん、過剰な筋活動が動作を妨げる場合には、その軽減や分離運動の改善も必要である。

身体機能の回復を目指すことと、今ある身体機能を使って目的を達成することは、対立するものではない。

むしろ、その両方を支えることがリハビリテーションでは重要だと考える。

小児療育におけるクライミングの経験

ここからは、ベルンシュタインの理論を踏まえた、私自身の臨床的な考察である。

私の事業所には、就学前の子どもを対象とした、約45度に傾斜したクライミング遊具がある

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子どもたちの行動を観察していると、興味深い変化が見られることがある。

当初は壁面に取り付けられたホールドをほとんど利用せず、斜面に手足をついて登っていた子どもが、経験を重ねるうちに、ホールドをつかんだり、足を掛けたりして登るようになるのである。

これは、単に新しい随意運動を獲得したということだけでは説明できないのではないだろうか。

子どもはすでに「手を伸ばす」「つかむ」「身体を支える」といった運動能力を持っている。

しかし、最初からホールドを身体の支持に利用していたわけではない。

経験を重ねる中で、ホールドをつかめば身体を支えられること、足を掛ければ登りやすくなることに気づき、身体の使い方を変えていった可能性がある。

つまり、環境の中にあるものを利用することによって、同じ「登る」という目的を達成する新しい運動戦略が生まれたと考えられる。

私は、この変化に道具使用の発達とも共通する重要な過程が含まれているのではないかと感じている。

道具を使うためには、物をつかんだり操作したりする能力だけでなく、その物を使うことで何ができるのかを捉えることが必要になる。

ホールドは、最初から子どもにとって「登るために利用できるもの」として機能していたとは限らない。

身体を動かし、ホールドに触れ、その結果として身体が支えられるという経験を通して、環境にあるものの新しい利用方法を発見していったのではないだろうか。

もちろん、クライミングでホールドを利用できるようになったことが、そのまま道具操作能力の発達を意味するわけではない。

しかし、身体と環境との関係を探索し、目的に応じて利用する方法を発見するという点では、将来の道具使用にも通じる経験であると考えている。

運動の適応性をどのように捉えるか

ここで重要なのは、ホールドを使って登れるようになったという結果だけではない。

例えば、ホールドの位置が変わったとき、子どもはどのように対応するだろうか。

手を伸ばす方向を変えるのか。足を掛ける位置を調整するのか。それとも、ホールドを使わずに登る方法を選択するのか。

このような場面では、子どもが環境の変化に応じて、身体の使い方をどのように調整しているのかを観察できる。

ホールドを使うこと自体が、必ずしも高度な運動能力を意味するわけではない。

大切なのは、状況に応じて異なる方法を試し、目的を達成できることである。

ベルンシュタインの「反復なき反復」という考え方は、こうした運動の適応性を理解するうえで示唆に富んでいる。

療育で重視したいのは、運動の結果だけではない

ベルンシュタインの理論から考えると、運動学習とは、決められた運動パターンを繰り返して身につけることだけではない。

子どもが現在持っている身体機能を利用し、環境に働きかけ、その結果に応じて運動の方法を調整する経験も重要である。

そのため、療育者には、できない運動をできるように支援するだけでなく、子どもがさまざまな方法を探索し、自分なりに目的を達成できる環境を整える視点が求められる。

これは、運動に制約のある子どもに対しても共通する考え方である。

「何ができるようになったか」だけではなく、「今できることを、異なる環境でどのように使えるようになったか」。

その変化に目を向けることが、ベルンシュタインの運動協調理論を療育に応用する重要な意味だと考えている。

そして、ここでもう一つの疑問が生まれる。

子どもは、環境に存在するホールドや道具を、どのようにして「自分の行為に利用できるもの」として捉えるようになるのだろうか。

次回は、この問いをギブソンのアフォーダンス理論から考えてみたい。


参考文献

  1. Bernstein, N. A. (1935/1967). The problem of the interrelation of co-ordination and localisation. In The Co-ordination and Regulation of Movements (pp. 15–59). Pergamon Press.
  2. Bernstein, N. A. (1996). On dexterity and its development. In M. L. Latash & M. T. Turvey (Eds.), Dexterity and Its Development. Lawrence Erlbaum Associates.