前回は、ベルンシュタインの運動制御理論から、行為とは新しい随意運動を獲得することだけでなく、現在もっている運動能力を環境に応じて組み合わせ、目的を達成する過程でもあることを考えた。

では、子どもは環境に存在するものを、どのように「利用できるもの」として捉えるようになるのだろうか。

アフォーダンスとは何か

アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソン(1904〜1979)は、環境が動物に提供する行為の可能性を「アフォーダンス(Affordance)」と呼んだ。

例えば、同じ段差でも、大人には簡単に登れるが、小さな子どもには難しいことがある。つまり、環境をどのように利用できるかは、その人の身体能力によって異なる。

つまり、アフォーダンスとは、環境そのものの性質だけではなく、身体の能力と環境との関係において成立する行為の可能性である。

ここで重要なのは、環境に行為の可能性が存在することと、子どもがその可能性を知覚して実際に利用することは、必ずしも同じではないという点である。

ロープを手繰り寄せてミニカーを取る活動

当事業所では、子どもが環境に働きかける経験を大切にしている。

例えば、天井に滑車を取り付けてロープを通し、一端には錘をつける。反対側のロープには、子どもの手が直接届かない高さにミニカーを取り付けておく。

子どもの目の前には、欲しいミニカーが見えている。しかし、手を伸ばすだけでは取ることができない。

そこで、ロープを手繰り寄せると、ミニカーが下がり、自分の手元へ近づいてくる。

子どもは、ロープを引くことでミニカーを近づけられることに気づく可能性がある。

しかし、ここで新たな問題が生じる。

近づいたミニカーを取ろうとしてロープから手を離すと、錘の作用によってロープが戻り、ミニカーが再び遠ざかってしまうのである。

もう一度引いても、手を離せば戻ってしまう。

この経験の中で、子どもはロープを引くだけでは目的を達成できないことに気づくかもしれない。

そして、一方の手でロープを保持したまま、もう一方の手でミニカーを取ろうとする行為が現れることがある。

ここでは、単にロープを引く運動を繰り返しているのではない。

「ミニカーを取る」という目的を達成するために、左右の手に異なる役割が生まれているのである。

アフォーダンスの知覚と行為の変化

この活動をギブソンのアフォーダンス理論から考えてみたい。

最初、ロープは「引くことができるもの」として利用される。

次に、ロープを引くことでミニカーが近づくことを経験すると、「離れた物を手元へ移動させられるもの」として利用される。

さらに、ロープを離すとミニカーが遠ざかる経験から、「保持することで対象物の位置を維持できる」という関係が重要になる。

このように、子どもは目的や行為の進行に応じて、同じロープの異なる利用可能性を発見していくと考えられる。

ただし、アフォーダンスそのものが新しく生じたのではなく、すでに存在していた行為の可能性を、子どもが知覚し、利用できるようになった可能性がある。

子どもは、環境に何があるかだけでなく、それを利用すると何ができるのかを学んでいるのである。

支持手と操作手:道具使用につながる両手の協調

この活動で特に注目したいのは、ロープを引く運動から、左右の手が異なる役割を担う行為へと変化する点である。

最初は両手でロープを引くことができる。しかし、ミニカーを取るためには、ロープを引くことに加えて、その位置を維持しなければならない。

そこで、一方の手はロープを保持する「支持手」となり、もう一方の手はミニカーを取る「操作手」となる。

この役割分担は、道具使用や日常生活動作にも見られる。

例えば、片手で紙を押さえながら、もう一方の手で鉛筆を動かす。片手で容器を固定しながら、もう一方の手で蓋を開ける。あるいは、片手で材料を支えながら、もう一方の手で道具を操作する。

これらの行為では、左右の手が同じ動きをするのではなく、一方の手が安定した条件をつくり、もう一方の手が対象物を操作するという機能的な関係が成立している。

ロープを使う活動も同様である。

支持手がロープを保持することで、操作手がミニカーを取るための条件が成立する。つまり、支持手は単に動いていない手ではなく、操作手の活動を可能にする重要な役割を担っている。

そして、この関係は固定されたものではない。

状況によっては左右の手の役割を入れ替えたり、保持する位置を変えたりする必要がある。

ここに、両手の機能的な協調と環境への適応(両手でものを探索する方が語彙数が多い)https://kotoba-karada.net/%ef%bc%90%e6%ad%b3%e5%85%90%e3%81%ae%e8%87%aa%e5%88%86%e3%81%ae%e8%ba%ab%e4%bd%93%e3%82%92%e6%8e%a2%e7%b4%a2%e3%81%99%e3%82%8b%e5%8a%9b/という視点が生まれる。

ただし、ロープと滑車の操作は、鉛筆やスプーンを手に持つ道具使用とは異なる。両者に共通するのは、環境資源を介して目的を達成し、支持と操作を協調させる点である。

私は、このような経験が、将来的な道具操作を学習するうえでも重要な意味(道具の操作が言語野の活動と関連する)https://kotoba-karada.net/%e9%81%93%e5%85%b7%e3%82%92%e4%bd%bf%e3%81%86%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%8c%e3%80%81%e3%81%93%e3%81%a8%e3%81%b0%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%aa%e3%81%8c%e3%81%a3%e3%81%9f%ef%bc%9f-broca%e9%87%8e%e3%81%ae/をもつのではないかと考えている。

もっとも、この活動が道具使用能力を直接発達させるかどうかは、今後検証すべき課題である。

ベルンシュタインのシナジーとの関係

この支持手と操作手の関係は、ベルンシュタインの運動協調理論からも解釈できる。

ベルンシュタインは、人間の運動を、多数の筋や関節の自由度を目的に応じて協調させる問題として捉えた。

ロープを引く段階では、握る、引く、身体を支えるといった運動が協調する。

しかし、ミニカーを取る段階になると、同じ運動方法だけでは目的を達成できない。

そこで、ロープを保持する手と、ミニカーを取る手という新たな役割分担が必要になる。

これは、「ミニカーを取る」という目的に合わせて、身体各部の協調関係が再組織化されたと考えられる。

機能的なシナジーという観点では、一方の手の保持が、もう一方の手の操作を可能にするという協調関係に注目できる。

ただし、この行動の出現だけで、新しい神経学的なシナジーの形成が証明されたわけではない。臨床的に観察できるのは、課題に応じた左右上肢の機能的な役割分担である。

また、同じ「ミニカーを取る」という目的でも、ロープの位置や錘の重さによって、保持する力や手の位置は変化する。

こうした変化への対応には、ベルンシュタインの「反復なき反復」という考え方を応用できる。

重要なのは、毎回同じ身体の動きを再現することではなく、異なる条件でも目的を達成できることである。

行為の経験はことばとどう結びつくのか

ここで、言語発達との関係を考えてみたい。

この活動には、「引く」「離す」「戻る」「止める」「持つ」「取る」といった複数の行為が含まれている。

しかし、これらは単なる身体運動ではなく、環境との関係によって意味をもつ。

子どもがロープを引くとミニカーが近づき、離すと遠ざかる。そして、ロープを保持することでミニカーの位置を維持できる。

この一連の経験では、子ども自身が行為の結果を知覚し、その違いに気づき、次の行為を変化させることが重要である。

大人が「こちらの手で持って」「今度は取って」と解決方法を教えるのではなく、子どもが自分の行為と環境の変化との関係を探索できるようにする。

療育者の役割は、答えを先に示すことではなく、子どもが目的をもち、試行錯誤を通して発見できる環境を整えることである。

もちろん、子どもの安全確保や、必要に応じた支援は欠かせない。しかし、自ら発見できる機会を保障することと、大人が方法を教え込むことは異なる。

そして、子どもが経験した「引く」「離す」「保持する」「取る」という行為は、後に他者とのコミュニケーションの中で、ことばの意味と結びつく学習機会にもなり得る。

ただし、行為の発見がそのまま動詞理解の獲得を意味するわけではない。言語理解には、他者との相互作用や、さまざまな場面での言語経験も必要である。

言語療育において重視したいのは、子どもが環境に働きかけ、自ら行為の可能性を発見し、その経験を基盤として他者と意味を共有していく過程である。

では、子どもは他者が行う「引く」「押す」「取る」といった行為を、どのように認識し、ことばの意味と結びつけていくのだろうか。

参考文献

  1. Gibson, J. J. (1979). The Ecological Approach to Visual Perception. Houghton Mifflin.
  2. Adolph, K. E., & Berger, S. E. (2006). Motor development. In Handbook of Child Psychology (6th ed., Vol. 2, pp. 161–213). Wiley.
  3. Lockman, J. J. (2000). A perception-action perspective on tool use development. Child Development, 71(1), 137–144. https://doi.org/10.1111/1467-8624.00127
  4. Bernstein, N. A. (1967). The Co-ordination and Regulation of Movements. Pergamon Press.